種の解説

ヒメハネビロトンボ Tramea transmarina yayeyamana Asahina,1964

ヒメハネビロトンボTramea transmarina yayeyamana Asahina,1964

東洋熱帯からオーストラリアにかけて分布するTramea transmarina Brauer,1867の八重山列島亜種である.ハネビロトンボより後翅の黒褐色斑が小さく可憐に見えることからヒメの和名が与えられている.

分布

石垣島・西表島・竹富島・波照間島・与那国島に生息している.奄美大島・沖縄島からも偶産記録がある.

生息環境

平地や丘陵地の水中植物が繁茂する池や植物性沈積物の多い滞水などに生息する.

発生期

3月上旬から1月まで記録がある.

形態

雄:50~57mm 雌:51mm~57mm
頭部 雄は後頭楯が赤褐色で黒化する個体もいる.前額は全体が紫藍色の強い金属光沢を呈す.額瘤は全体が紫色の金属光沢に覆われる.上唇は黒色で上部はわずかに赤褐色を帯びる程度である.雌は前額はオレンジ色で後縁に金属光沢のある青藍色条がある.青藍色の金属光沢の発達具合は個体差があり,時に前額全体に発達する個体も出現する.額瘤は上部がオレンジ色で下部が紫藍色であり,個体により紫藍色部が発達する.後頭楯はオレンジ色である.上唇は黒色で上部はわずかにオレンジ色を帯びる.
複眼は未熟なうちは上半分が灰色がかった赤褐色,下半分が黄褐色をしている.成熟すると雄雌とも上半分が暗赤褐色で下半分が暗褐色になる.

♂の頭部
後頭楯が黒化した♂
♀の頭部
金属光沢が発達した♀

胸部は褐色でハネビロトンボより暗い.第2側縫線に細い黒条があるが,肩縫線と第1側縫線のものは痕跡的である.
は前翅基部がわずかに橙黄色あるいは褐色を呈し,後翅では基部寄りに濃褐色斑がある.褐色斑にはハネビロトンボのように橙黄色の縁取りが無いか,あっても極薄い.褐色斑の輪郭は鮮明なものが少なく,個体によっては翅全体にかけて褐色斑が発達するものやコモンハネビロトンボと中間的な形質を示すものもいる.
腹部はやや丸い筒型で体の割に短く橙褐色でハネビロトンボより赤みが強い.第8節~10節の黒色斑は背面のみで側縁まで広がらない.雄の尾部上付属器は細長い葉片状でハネビロトンボに似る.雌の産卵弁はハネビロトンボに似るがわずかに短い.中央が深く切れ込んで先端が太いV字形に開き,第9節の後端とほぼ等しい.尾毛はハネビロトンボに似る.

生態

成熟した雄は開放的な池沼や水田・流れにできた淀みなどの上で縄張りを張る.縄張り内に他の雄個体が入ってくると追い回し排除しようとする.交尾は水域外の林道や空き地で♀を捕捉して行われる他,早朝は♀が水域に現れて♂の捕捉を待つ姿が見られる.交尾態となったペアは水域近くの木立や草に静止するかやや離れた樹林に飛び去る.交尾の時間は十数分間行われ,交尾が完了したら即座に交尾を解くが,この時雄は雌との連結を解かずにペアのまま水域に飛び去る.産卵は連結態で水域に訪れ,放卵時に連結態を解き放卵が終わると再び連結して移動する特異な産卵形態を示す.産卵は一つのペアが水域に現れると同時に複数のペアが現われる姿が見られる.また連結産卵が終わると単独産卵に切り替えることがあり,その場合は雄が背後で警護飛翔する.連結産卵時は水中や水面に植物がある場所を好んで打水するが,単独産卵時は連続的に打水産卵し続けあまり産卵場所にこだわりが見られない.同一水域内に多数の連結ペアが現われるとお互い追いかけまわす姿が見られる.未成熟個体は水域からやや離れた樹林に囲まれた草地で摂食する.生殖活動以外では水域近くの空間や遠く離れた稜線などで摂食している姿が見られる.縄張りは朝8時過ぎから見られる.産卵は日によって異なりこれといった時間帯は決まっていないがだいたいは正午前後に多い.生殖活動時以外は水域付近から離れた山の稜線など様々な場所で摂食活動する姿が見られる.

縄張りを張る雄
空き地で摂食する雄
交尾するペア
放卵時に連結を解き,放卵が終わると再度連結する
連結を解いた後,警護産卵に移行することもある.♀の産卵時は他のトンボがよく干渉してくる.写真ではコシアキトンボが♀に干渉している.
♀は連結産卵の他,単独でも飛来して産卵する.
水面を飛びながら産卵場所を探す
産卵場所で卵塊を作り
水面に腹部を打ち付けて産卵する

備考

従来,日本から記録されたヒメハネビロトンボはコモンヒメハネビロトンボ Tramea transmarina euryale Selys,1878・ヒメハネビロトンボTramea transmarina yayeyamana Asahina,1964・ナンヨウヒメハネビロトンボ Tramea propinqua Lieftinck,1942の3亜種に分けられていた.この内,ナンヨウヒメハネビロトンボと呼ばれていた個体に関しては海外産個体とのDNA解析及び外部形態の比較からナンヨウヒメハネビロトンボではなくヒメハネビロトンボの斑紋変異であることがわかっている(写真中間型).またeuryale Selys,1878とyayeyamana Asahina,1964はDNA解析で両亜種間の差は認められず,外部形態も斑紋の大小以外に違いがないことがわかっている.両亜種間での交尾や連結産卵個体も普通に観察される為,翅斑紋の大小は組み合わさった親個体の翅斑紋に影響されるものと思われる.

亜種euryaleの♂とyayeyamanaの♀との交尾態.翅斑変異は親個体の翅斑紋の組み合わせから無限の組み合わせが生まれると考えられる.

上記を参考に本サイトでは日本産ヒメハネビロトンボをコモンヒメハネビロトンボTramea transmarina euryale Selys,1878とヒメハネビロトンボTramea transmarina yayeyamana Asahina,1964として扱い,ナンヨウヒメハネビロトンボと呼ばれていた個体に関してはヒメハネビロトンボTramea transmarina yayeyamana Asahina,1964の中間斑紋型個体として掲載している.

翅の褐色斑に関しては縮小傾向にあるものから翅全体に広がる個体まで様々あり,ハネビロトンボと似ている個体も現れることから同定には注意を要する.ハネビロトンボとの種間雑種個体も記録されており,外部形態から同定するには難しい個体も得られるため非常に面白い.

記録されている産地から八重山諸島の特産亜種とみられ,沖縄島及び奄美大島でも記録があるが偶然飛来した個体の可能性が高い.筆者は沖縄島にて中間型の雌個体を得ているが,未成熟個体で非常に綺麗な状態であったため飛来してきた可能性が感じられない個体であった.沖縄島では亜種Tramea transmarina euryale Selys,1878が生息しており,その中から中間型個体が出現したとしたら興味深いと感じる.この辺りに関してはもう少し採集個体を見てみる必要がある.

翅斑変異

♂の変異

♀の変異