コモンヒメハネビロトンボ Tramea transmarina euryale Selys,1878
ヒメハネビロトンボ Tramea transmarina Brauer,1867の亜種.斑紋が著しく縮小した個体である.トンボ科 Libellulidae Selys,1840 ハネビロトンボ属 Tramea Hagen,1861に属する.
分布
沖縄県
沖縄島・伊平屋島・伊江島・渡嘉敷島・久米島・北大東島・南大東島・宮古島・多良間島・来間島・伊良部島・下地島・石垣島・西表島・黒島・波照間島・与那国島
東京都
小笠原諸島・硫黄島
鹿児島県
奄美大島・徳之島・沖永良部島・加計呂麻諸島・喜界島・小宝島・甑島列島・九州本土
熊本県・長崎県(対馬)・愛媛県・高知県・和歌山県・三重県・滋賀県・愛知県・静岡県・長野県・岐阜県
南西諸島及び日本各地から記録されている.この中で,定着している地域は小笠原諸島及び沖縄島以南の島嶼とされている.移動性が強く,発生地から遠く離れた場所でも記録されている.亜種yayeyamana Asahina,1964が優勢の八重山諸島においては本亜種の発生が不安定で他所からの飛来も見られる.
海外ではフィリピンからミクロネシア・セレベス・インドネシアを経てマレーシア・タイ,オセアニアの一部にかけて分布する.
生息環境
平地にある抽水植物が繁茂する池やダム,水田,河川の淀みなどで見られる.成虫は移動性が強く,発生地から離れた尾根沿いなどにも好んで集まる.
発生期
4月から11月まで見られる
形態
雄:50~57mm 雌:51~57mm
頭部:成熟♂は顔面が赤みを帯びた橙褐色で,前額に紫藍色の金属光沢がある.♀は顔面が蜜柑色で前額上部に青黒色条の金属光沢がある.未成熟個体は雌雄ともに顔面が蜜柑色である.
胸部:翅胸が褐色でハネビロトンボと比較して色調が暗い.第2側縫線に細い黒条があり,肩縫線と第1側縫線のものは薄い.
翅:前翅は無色透明.後翅は基部に黒褐色斑がある以外は透明である.翅脈は縦脈が基部周辺で橙褐色を呈するが先半分が黒い.縁紋は黄褐色.後翅黒褐色斑は個体により変異が見られ,ほとんど消失に近いほど縮小した物から後翅側縁まで伸びる個体もいる.また♀では三角室手前まで斑紋が発達した個体もいる.
腹部:橙褐色でハネビロトンボより赤みが強い.第8節~10節の黒色斑は背面のみで,側縁まで広がらない.雄の尾部上付属器は細長い葉片状で,ハネビロトンボに似る.雌の産卵弁はハネビロトンボに似るがわずかに短い.中央が深く切れ込んで先端が太いV字形に開き,第9節の後端とほぼ等しい.尾毛はハネビロトンボに似る.
生態
成熟した雄は,水域の一定範囲で縄張りを持ち雌を待つ.ホバリングを交えた俊敏な飛翔でよく飛び回り,時々近くの枝や植物の先に静止する.太陽が出ている時に好んで活動し,日が少しでも陰ると近くの木立に向かって飛び去る.気温が高い夏季は早朝から活動しており,日が昇る10時頃になるとすでに水域での活動は不活発になる.
雌は産卵時に水域に現れる.池の上をホバリングしながら飛んだり,近くの木立周辺を飛びながら雄を待つ姿が見られ,交尾が成立すると近くの枝などに静止する.産卵時は連結態で水域に現れ,産卵するときに雌との連結を解き,再び連結して別の場所に移動する.連結態での産卵が終わると単独産卵に切り替える時がある.この時雄は雌の近くで警護飛翔をすることが多い.雌は産卵が終わると稜線などへ一気に飛び去る.
雌雄ともに尾根筋や空き地などの空間で他の種に混じって摂食する姿が見られる.飛翔力が非常に強く,本来の発生地から遠く離れた場所で見つかることもあるが,ハネビロトンボほどは見つかっていない.
備考
日本産Tramea transmarinaはyayeyamana Asahina,1964及びeuryale Sely,1878の2亜種に分けられている.両亜種のDNA解析による明瞭な差はないとされ,八重山諸島では両亜種の中間的な個体も現れる.移動性が高いのはeuryale Sely,1878の方のみでyayeyamana Asahina,1964は沖縄島や奄美大島で記録されているに過ぎない.
沖縄島付近ではeuryaleがほとんどを占めており,八重山諸島ではyayeyamanaが多い.また,八重山諸島で見つかるeuryaleは他の発生地から飛来したと思われる個体が混じっている.筆者の少ない採集活動の中でも八重山でのeuryaleとの遭遇率は低い.思うにyayeyamana繁栄下ではeuryaleとの交雑で斑紋縮小個体は消えてしまうのではないかと考えている.ハネビロトンボ属は面白い.調べれば調べるほど興味が尽きない.
翅斑変異
雄個体
雌個体